今日は、いつにも増して帰宅する足取りが重い・・・
家には誰も居ない・・・・
ボクを守れる人が居ない・・・・
『ただいまぁ〜・・・』
存在を隠したい気持ちが、蚊の鳴く声を上げさせる・・・
静まり返った家・・・・
独りなのか??? 先に帰った筈のお姉ちゃん達は??
安堵の気持ちに助けられ、階段を子供部屋へ上がる・・・
そろりとドアを開け、中を一瞥する・・・
誰も居ない・・・・
独りでいられる・・・・少しは・・・
姉妹の部屋は、可愛らしくこぢんまりと片付けられている。
雰囲気にそぐわない荷物・・・
私の全財産は、部屋の片隅のダンボールの中。
ランドセルを無造作に投げ出すと、
お姉ちゃんのベッドに身体を投げ出した・・・・
天井を見上げる・・・・
この部屋の片隅が、私に与えられた唯一の世界・・・
ダンボール数箱が私の全て・・・
子供心にも、空しさの意味は分かる・・・
何も無い・・・・何も・・・・
横たわるベッドからお姉ちゃんの仄かな体臭が感じられる・・・
鼻をくすぐる甘酸っぱいお姉ちゃんの匂い・・・
記憶の糸を手繰り寄せる臭い・・・・
ボクが身体を動かすに合わせ、姉ちゃんの匂いが強さを増して行く・・・
立ち昇る臭いが天井へと・・・空間を満たして行く・・
この部屋の主を再確認させられる臭い・・・
お姉ちゃんの臭いが天井で渦を巻いている・・・
天井・・
見上げる度に脳裏を過ぎる黒い影・・・
大きな黒くて丸い影・・・・・
あの夜の、お姉ちゃんの影・・・・・・・
目を閉じた暗闇の中で蠢く丸い影・・・・
無意識に動く手がその影を払う・・・
瞼の裏側に焼き付いた、柔肉の重み・・・
口の中に、粘ついているのは自分の唾か?
あの夜の不思議な味が舌に、にちゃりと蘇る・・・
硬く瞼を閉じ・・・口を歪めながら・・
決して見えない・・在りはしない影から逃れるため
虚空を小さな手が切り裂く・・・・
鼻を突く匂い・・・すっぱい・・湿った匂い・・・
苦く湿った穴・・・吸い込まれた鼻梁・・・
全てが、忌わしい・・・・・
何を呪えば良いのだ????
自分の運命?
助けてくれないオトナ?
逃げ出せない弱虫な私????
気付かないうちに・・・・涙が流れている・・・・
声も出さず、はらはらと落つる涙・・・・
これしか出来はしない・・・
汚れたモノを清める為に・・・
ボクに出来るのは、泣く事だけだ・・・
・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
どれだけ時間が過ぎたのか、いつしか寝入ってしまったようだ。
階下で感じる気配。お姉ちゃん達が帰っている・・・・
何時もなら、真っ先に子供部屋に上がるお姉ちゃん達・・・
来た形跡が無い・・・どうした事だろう???
乾ききった涙の跡を拭い去り、ベッドから起き上がる。
恐る恐る階段を降り、暖かな台所へと向かう・・・
そこでは、お姉ちゃん二人が夕食の支度に嬌声を挙げている最中だった。
キャラキャラと笑う二人は中睦まじい姉妹にしか見えない・・・
声を掛けづらく、ただ立っている私・・
ドアの隙間から漏れる光と、廊下の暗闇の狭間に・・まるで隠れているかの如くに。
ドアが開いた事すら気付かないお姉ちゃん達。
こっそり、二階に戻ろうとすると・・・
『もう、夕ご飯だよ〜!! お手伝いしてよっ・・』軽やかな声が呼び止める。
見つかってた!! 何故か咎められた様な気が身体を硬直させる・・・
『聞こえないのぉ〜?? お皿出してよぉ〜』 歌う様な声にすら怯えてしまう・・
『うん・・・お皿・・』
口の中だけで言葉を発し、歪んだ笑いを浮かべながら台所の光の中に入って行く。
暖かな光。暖かな食事・・・
お世辞にも美味いとは言い難いが笑顔に囲まれた食卓がそこに在る・・
お互いの料理の手際を冗談にしながら、お姉ちゃん達がボクの正面で笑っている・・
『どう? 美味しい?』 ボクに笑顔で問いかけるお姉ちゃん。
『うん・・・美味しい・・』
『おばちゃんのより、美味しいよ・・・』 精一杯の返事だ・・・
『ほんとうにぃ〜????』 意地悪そうな目が笑いながら喋って来る・・・
『うん・・・本当だよ・・』 呟く様な機械的な声で応える・・・
もう、ボクの返事など・・ボクの事なぞどうでも良いのだろうか??
お姉ちゃん達にしか分からない会話が食卓を占領している・・・
早く食べてしまおう・・・食器を見つめ黙々と口を動かす私・・・・
気になるのは・・・時折二人がボクを見てニヤニヤしている気がする事だ・・
意識を向けると、不自然に視線が外される・・・・
そんな事が何回も続く・・
嫌な気持ち・・・・何だろう????
『なに??』 どちらとも無く問いただすと、
『べっつにぃ〜・・・早く食べちゃってよね・・』 と笑う目が答える・・・
奇妙な予感・・・・・食事は終わり・・・後片付けだ・・・
二人が洗う食器をボクが拭き片付けて行く・・・・
居間に移るぼくとお姉ちゃん達・・・・・
だらだらと垂れ流されるテレビ番組に笑いと中傷で呼応する・・・
子供ながらも女の人は目敏い観点で物を見る・・・
二人のお姉ちゃん、中学一年生と三年生・・・
丁度オトナに成る一歩手前。
思春期真っ只中の二人は時折大人顔負けの解釈を披露しており
意見が食い違った時の口論もボクにはサッパリ分からない・・・
ボクの興味が、テレビにも二人の話にも向いていない事を気付いたお姉ちゃん・・
『もう寝れば・・・お風呂入っちゃってよね・・』と毒付く・・・
『うん・・・お風呂入って来る・・・』 開放の言葉を聞くや否やボクは立ち上がった・・
軽やかに部屋を出、着替えを持ちに子供部屋に上がる・・・
階下に降りお風呂場に向かう時・・・・
開いた居間のドアから、テレビの音と共にお姉ちゃん達の声が漏れている・・・
『だから・・・・××・・だって・・・今・××・・だい××・・よ・・』
気のせいか、秘められた声は聞き取れない・・・・
何を話しているのだろう???
ふとした気持ちで、居間に入って行くと・・・
不意を突く形になったのだろうか?
お姉ちゃん達がビックリして大声で私を追い払う・・・
『あっち行ってよ!!・・・お風呂入りなさいよ!!』
見てはいけない所だったのか??? 聞いてはいけない話???
胸を抉る不安の爪・・・・何の話だろう???
暖かいお湯で満たされた浴槽に肩まで浸かっても、寒々しさは拭えない・・・
立ち昇る湯気の揺らめきが、より一層ボクを困惑させる・・・
長い自問自答・・・・答えなぞ出る訳は無い・・・・答えなぞ知りたく無い・・・・
恐らく一番逃れたいコタエだろうか?????
温もらぬ心と火照った身体・・・相反する気持ち・・・・
虚ろなまま風呂場を後にして、子供部屋へと戻る・・・・
先程まで妖しい嬌声で満たされていた居間の電灯は落とされている・・
お姉ちゃん達は?? 何時もは、お風呂に入ってから寝るのに???
暗闇と静寂が支配する一階・・・・・
廊下の先、階段の上だけが仄かに明るい・・・
頭上降る光の中を頼りない足取りで二階へと向かう・・
『おねえちゃん・・・』 子供部屋の外から声を掛ける・・・
・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・煌々と明るい部屋からは返事が無い・・・・
恐る恐るドアを開け部屋へ入る・・・・
お姉ちゃん達は、入り口に背を向けて机に向かっている・・・・
何時もと違いすぎる雰囲気に気圧されながら所定の場所、ダンボール箱の前に座った・・・
ろくに拭き取っていない水気でビショビショの頭をバスタオルで乱暴に拭う・・・
視界がタオルで隠れた・・・・その時だった・・・・・
『それっ!! 今よぉっ!!・・・・』
声も高らかに二人のお姉ちゃんが私に圧し掛かって来た・・・・
二人の影が舞う・・・・
聖域への侵入者を罰する為に・・・・
宴が始まる・・・贄の名は・・・私の名・・・
忌わしき記憶・・今、現実へと変わる時・・・
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